コラム
Column

2018.04.02 Mon

【第6週】遠い国での1年間 – 僕のドイツ交換留学

バンクナンバー

【第1週】はじめに/きっかけと行き先の決定/準備
【第2週】OSK/Magdeburg
【第3週】学校/親友、Amin
【第4週】スポーツクラブとマラソン大会/怪我/旅行等
【第5週】Freie Schule/言語

13.文化

12月、Harz 山地で
 いわゆる「文化」が常に国単位であるとは限らない、という僕の意見はすでに書いてきましたが、当然ながら日本とドイツの間には違いがあります。そのうちおもしろい違いをいくつか紹介しようと思いますが、もちろん僕はすべてのドイツ人を知っているわけではありませんし、僕の知っているのとは全く違うドイツ人もいることでしょう。ですからこれはすべて1年間を通しての僕の印象であって、ドイツ人・ドイツ文化の定義ではありません。
 留学先がドイツと決まってから出発まで、言語の学習だけでなく、日常生活の中で少しでもドイツ文化に触れるようにしていました。例えばドイツの歴史や民俗についての本を2・3冊読みましたが、これらの知識は学校の授業を理解するためのみならず、日常生活のさまざまな場面でふと思い出すことがありました。そういったものの中で、僕の特に気に入っていたのは、図書館で借りてきた「ドイツ民謡 ザ・ベスト」というCDアルバムでした。特に有名なドイツ民謡の少年少女合唱団による合唱なのですが、本当に素晴らしく美しくて、聞いているだけでドイツの森・川・畑・町の情景が思い浮かびます。音楽理論や音楽史については何も語れませんが、憧憬という言葉は僕にとってこの合唱そのものです。そして実際にドイツに行くと、音楽、特に合唱は、そんな僕の想像をはるかに超えて生活における重要な存在でした。合唱を中心とした音楽はキリスト教と密接につながり、ドイツ人の伝統的な生活とは一体となったものでした。僕は小さいときに日本の教会に行ったことがあり、確かに合唱の印象も記憶に残っています。とはいえ、ドイツにおいて合唱がそれほど重要な意味を持つとは、全く想像できていませんでした。教会に行くと歌詞と楽譜の書かれた本が渡されて、(歌詞を覚えていない人は)それを見ながら歌うのですが、プロテスタントのDomではルターによる作詞のもの(=500年前のもの!)もよく歌われました。ルターが聖書をドイツ語訳したことは有名ですが、それだけではなく、一般の人々に聖書の内容を伝える手段として、 ドイツ語の賛美歌も書いたということです。当然、古い歌詞はなんだか現在のドイツ語と違ったり、メロディーに合わせて語尾や語順が変化していたりと、留学生が全てを理解するのは困難です。それでも毎週のように聞き、歌っていれば少しずつわかってくるものもあります。実は僕にとって、日曜日にホストファミリーと教会に行くことは、ドイツ語の小テストのような役割も果たしていたので、少し理解できるようになる度にとても嬉しく感じました。ところで、牧師さんのお話は最後まで難しく感じましたが、悔しいから理解できるように今後も勉強してやろう、という具体的な目標にもなっています。
 また話がそれましたが、そんなドイツ音楽の中でも忘れられないのが、クリスマスの音楽です。クリスマスの4つ前の日曜日に始まるAdvent(アドヴェント、待降節)という期間があり、この間はクリスマ スに向けての準備をします。日曜日になると4つのろうそくを1本ずつ灯し、Adventskalender(アドヴェントカレンダー)を毎日めくり、クリスマスを楽しみにして過ごします。僕のホストファミリーは、この待降節とクリスマスの期間中、とてもよく音楽を聴いていました。クリスマス音楽です。静かで、荘厳で、寒い冬の気配が確かにありながら、同時に光を湛えたようなドイツのクリスマス音楽は、完璧な調和を持ってどこまでも美しく、感動を呼び起こします。ホストファミリーや親戚の誰もに「毎年同じものを食べ、同じ曲を聴くからこそ、クリスマスはschön だ」と言われたことが深く印象に残っています。その連続的で歴史的な重厚さが自ずと伝わってくるクリスマスは、僕にとっても本当に美しく素晴らしい、まさにschönな時間でした。(Schön の原義は「美しい」で、「いい」とか「素晴らしい」といった意味でドイツ人のとてもよく使う表現です。ÖはOとEの間のあいまいな音)
 また、食事は生活的で根源的な文化であり、風土や人々の歴史について雄弁です。ドイツの食事は日本食とは全く違います。日常の食事は基本的にとても質素です。僕のホストファミリーでは毎朝パンとジャムを食べ、夕飯も平日はほぼ毎日パン。昼は学校の近くで友達とケバブや中華を食べに行きましたが、そのほかは朝も晩も火が通っていない食事です。どうでしょうか。ここまで聞くと、とても貧しく思えてきてドイツには行きたくない、と思う人もいるかもしれません。でも、これがうまいんです。まずは何たってパンが圧倒的にうまい。日本の食パンみたいにスカスカじゃないんです。食べごたえがあって、「食ってる」って思えるんです。 ヨーロッパならどこでもパンは同じようにうまそうなものですが、ドイツパンはその中でも特級だと言います。残念ながら職人の作るパンは減っているわけですが。パンのほかにも、ドイツと言えばソーセージを筆頭に肉料理とやジャガイモですね。ジャガイモは常識的に主食です。肉じゃがにごはんは要りません(笑)。普段がパンばかり食べるかわりなのか、料理するときには時間をかけて重厚感のある食事になります。クリスマス料理なんて幸福の極みです。肉料理は野生の獣の肉だとさらにうまいです。
 留学に行こうという人への具体的なアドバイスになりますが、食事もとても重要なコミュニケーションです。無理をすることはありませんが、迷惑にならない程度で(笑)おいしくたくさんいただくのは、おそらくどこに行ってもとても喜ばれます。感謝して喜んで食べているということ、そして何が特に好きなのか、はっきり伝えることはとても大切です。食事に限りませんが、初めはホストファミリーも緊張していることは間違いありません。
 ところで、ドイツにはベジタリアンがたくさんいます。肉を食べないという普通のベジタリアンのほかにも、中には動物性の食品を一切食べないという人もいます(ヴィーガン、Veganer)。僕の考えにすぎませんが、近代になって工業的に簡単に大量の肉が大衆に供給されて伝統的な肉食が過剰に増幅されてしまい、多くのドイツ人は肉を食べすぎたようです。そこで肉の大量消費の健康性が疑われ始めると同時に「肉工場」の残酷さへの反発が強まり、環境保護・自然保護運動と結びついて今に至ると言えるはずです。もちろん深い思索の上にベジタリアンとしての生活を決心する人もいるのですが、一方で流行的側面もあり都市部に集中しています。極端な例ですが、プラハに行った際にベジタリアンのドイツ人女子が船の上からペットボトルを投げ捨てたときには本当に驚きましたし、みんな呆れていました。「肉工場」への反対の意を示すという目的ならば、野生の肉を買うというのもひとつの手段であるはずです。ドイツのスーパーならどこでもベジタリアン、ヴィーガン食品が置かれていて、中には肉を模造した「ヴィーガンケバブ」もなど売られています。模造食品で不自由なく生活できるわけですから、日本・アジアの精進料理の伝統とはかなり異質なものだと言っていいでしょう。また、Magdeburgでは、殺すのはかわいそうという理由からなんと野生の豚が生息していて、公園でジョギング中にも出くわしました。特に菜食主義のつよい首都ベルリンではもっと多いそうです。
 ドイツと聞いて、政権参加した緑の党や東日本大震災後の脱原発宣言など、環境問題への意識と対応を思い出す人もいるかもしれません。もちろんいろんな人がいるわけですが、とは言っても、多くのドイツ人の環境への関心は高いと思います。例えば、僕のOSKホストファザーのPeterは建築物のエネルギー効率など(建築環境というのでしょうか)を計算する仕事をしており、専門的な知識は何もない僕ですが、その話を聞く限りずいぶん高い基準が設定されているらしいと感じました。ドイツの気候は東京より寒いですし、光熱費が高く、逆に日本のように耐震性を重視する必要はないので、特に暖房の効率化については高い意識が国民に共有されていると思います。JörgやMathildeが合衆国の建物について「なんであんな薄い壁で暖房を焚くんだ!」と憤慨して語っていたことがあります。
 こういったドイツ人の環境意識について、特に印象的な出来事がひとつあります。Freie Schuleの実習から帰ってきたある日、先生たちが新しいコーヒーマシーンを買って喜んでいた、という話を僕がホストファミリーにしたら、JörgもHelgardもMathildeも顔を見合わせ、「なんてことだ、非常識だ」と言って怒り出したのです。新しいコーヒーマシーンの何が悪いのか僕にはさっぱりわからず聞き返したところ、そのコーヒーマシーンがカートリッジ式であることが非常識だというのです。つまり、包装に使われるプラスチックがとても多いから。ここで私たち自身のことを振り返ってみると、どうでしょう。カートリッジ式のコーヒーマシーンを見て、その過剰包装に瞬時に気付きますか? 恥ずかしながら、僕は全く気付いていませんでした。そうやって、単純な原理を日常生活において行動で貫く惑わされない批判精神に、僕はとても驚くとともに反省しました。
2月、スペインにて
 また、ドイツではスーパーのレジ袋は有料、瓶はもちろんペットボトルや缶も必ずデポジット式で、その回収システムは完全に浸透しています。Jörgが何度も「缶ビールの高デポジット制が決まった時、ビール会社は倒産すると言って大騒ぎした。だけど実際には我々ドイツ人は変わることなくビールをたくさん飲んでるぞ!」と大喜びで言い聞かせてくれたことも思い出します。また、彼らは決して無駄に高いものを買うことはなくとても質素だったのですが、常に良いものを長く使おうとしていました。テラスを自分で作ったり、庭の小道を作るために友人の働く採掘場へ行って石をもらってきたり、ガレージの屋根に穴を開けて雨樋を通すなど、できる限りなんでも自分で作り修理するという姿勢も、少なくとも東京では僕はほとんど聞いたことがありません。本人たちは「旧東時代にはもっと何でもやったけど、最近は車にしろ何にしろ作りが複雑で自分じゃ修理できない」と言っていましたが、確かに旧東ドイツという歴史的背景も関係あるのだろうと思います。
 ドイツ人の活発に議論するのにも当初は驚きました。彼らと比べると、多くの日本人は一切議論しないに等しいくらいです。学校の授業もそうです。ドイツの学校では常に議論が生まれ生徒のプレゼンもよく行われるのに対して、一般的に日本の高校の授業には議論という概念が存在しません。作文以外で意見を問われることはありません。僕が思うに、例えばひとつの論説を読んで「その通りだ」と感じるには、そこにある論理をよく理解した上で、具体的な実例や自分の経験を踏まえてそれが身体的な感覚につながる必要があるのではないでしょうか。だとしたら、逆にその論理と自分の感覚が結びつかないことも自然に起こります。この表現は違うだろうとか、逆の場合もあるだろうと感じたりすることが起こるはずです。そして自分の感覚や経験に基づいて率直に議論していくことで理解が深まっていきます。また「古いから正しい」という単純ではないことは多いはずで、それを乗り越えて素直に議論する必要があります。ですが日本の学校はそれを認めません。読む というのはただの解読作業であって、そこに思考も経験もいらないと言わんばかりです。訓練の場としては日本の学校はとても優秀なはずで、特に高校数学は国単位では世界トップレベルだと思います。しかしそれが、からだのない技術訓練だとしたら、社会はそれで本当に豊かになるのでしょうか。
 また、多くのドイツ人(ドイツ語)は何につけダイレクトです。もちろんドイツ語でも敬意を示し丁寧な表現をすることは必要ですし、何を言ってもいいということと、明解であるということは違います。しかしドイツ人のそれと比べて、今の日本では内容をうやむやにすることが敬意表現に取って代わっているような気がします。自分の意見や余計なこと・危なっかしいことは一切言わず曖昧にすることが礼儀・良識であるとされているかのように感じます。もちろん、僕自身のことを振り返ってそう思っているわけで、自分はそれを乗り越えたなんて自信はありません。相手によってはドイツ語でメールを書くほうが楽に思えることさえあります。
 そもそも、「日本人は礼儀正しい」とか「日本人は誠実である」なんて言いますが、ドイツでは何度かそれに疑いを感じることがありました。日本ではドイツ語や英語には「敬語がない」というのが一般論とされており、それを「丁寧な表現がない」とか「礼儀なんてものは存在しない」と解釈している人が少なくないのかもしれません。そんなことはありません。ドイツ社会の中のドイツ語でも、敬意を表すべき場面とその方法は存在しています。事実、“höflich”(「丁寧な、礼儀正しい」の意)とか“unhöflich”(“höflich”の否定「礼儀知らずな」)という言葉があるのですから。それに、日本人なのだから、日本的な丁寧さや礼儀を大切にする感覚がドイツでの生活でも残っていて何らおかしくないと思います。YFU の資料でも、過去の日本人YFU生の「社会の中で自分のやり方を捨てなければならないこともあるが、決して自分自身を見失ってはいけない」という言葉が紹介されています。その通りだと僕も思います。しかし、日本で は部活などの厳しい(かつおそらく本来の伝統とは異なるであろう)上下関係の中で敬語を使っていたはずの人が、ドイツ語を話し始めるとなぜか少し“unhöflich”に聞こえるということがありました。確かに敬語などのあり方は時代と共に変わっていくのでしょうが、「決して見失ってはならない自分自身」は、社会の中でどう見られるかという問題だけではないはずだと思います。
 それから、日本の洋服会社の広告に白人モデルが多いことや、和服を着ることがほとんどないことなどをホストファミリーに話したら、とても驚かれました。近代の世界をつくった原点は良くも悪くもヨーロッパにあるはずで、その内側で生活する人々と、近代化とは何か、気づいたことや思ったことを互いに色々話してみると、本当に面白いものでした。また、余計なことかもしれませんが、僕がJörgに「日本人はクリスマスにカップルでディズニーランドに行く」と面白がって言ったら、笑うより前にずいぶん驚かれました。日本にはもっとずっと文化的なものがあるだろうに、なんでそんなことをするのか、と。
 僕が1年間でこうして気付いたことは、必ずしもドイツについての発見だけではありません。日本のこと、僕の中学や高校のこと、そして家族のことについてもたくさんの新たな発見と気付きがありました。留学は自分の身の回りの様々な単位の社会を、外側から見る機会でもありました。

>次号へ続く(4月9日の掲載を予定しています。)

本連載はYFU第59期(2017年帰国)ドイツ派遣 佐原慈大さん が、帰国後に自身の体験を綴った体験記を纏めたものです。無許可での転載を禁止します。